ようやく成績伝票提出。教える仕事をしてもう長いが、これほどスリリングな学期末もなかった。ほんとにぎりぎりでセーフ!!まあいいや、という気持ちでやるとどんどん点数が甘くなるので、みんなすごいいい成績だ。これで、教務主任が評価の割合をチェックしさえしなければほんとのセーフ!仮におとがめがあったにせよ、すべて担任がコンピューターに入力した後だろうから、もう遅い。適当に仕事をしておきながら人助けをしたかのような錯覚に陥っている私は、かなりいい加減な人間だ。しかし実際これで評定平均が上がって就職や進学に有利な生徒が一人でも出たら、それは何よりだ。「評価』は適当にかぎる、ことがわかったぞ。しかしこの焦りとスリルはもう結構。
昨日はまた実家に帰って母の話を聞き、さまざまな雑用を手伝ったあと、亡くなるその日まで父が通所していたデイケアを母と訪ねる。(運転しない母のために私がかり出されたのだ)
20代と思われる女性介護士の方が父の担当で、その人がいろいろな話をしてくれた。そこには、私の知る父から容易に想像できる父の姿もあったが、同時に私の知らない父もいた。数枚の写真を渡された。リハビリに励む姿、送迎のワゴン車に乗り込む姿、通所仲間となにか手先の作業をしながら談笑する姿、など。
デイケアの様子はまるで保育園のようだった。介護士のユニフォームはピンクで保母さんみたいだったし、床はPタイル、個別の椅子と共同のテーブルがあって自分の席が決まっている。通所者の工作が壁に貼ってある。あの、誰よりもプライドが高く、世の中には馬鹿と利口の二種類しかいないと言い切っていた人が、ここでは、娘よりはるかに若い人に介護されて、歩行の訓練や、おりがみや、足し算をしていたのだ。その事実を、私たち3人のこどもは知っているようで知らなかった。彼が2年と少しを過ごした場所に現実に立ち、周りの人たちに大切にされていたことをあらためて知ってみると、いくつかの種類の思いがけない感情がわき起こってくる。
さて今日はデジカメ写真をアップしてみたがどうなることか。ギャラリー正面から奥に向かってのショット。