54才で作家デビューした松家仁之のそのデビュー作。各方面で絶賛をあびたという。
作家になる前は編集者で、私の好きな海外現代文学シリーズ新潮クレストブックの編集長だったそうです。
ものすごく丁寧に緻密に繊細に蓄積してきたのだろうなと思わせる筆致、こんな風にして表現者として自己を実現させて行く人もいるのだと感心してしまう。
つまり表現とは、その時その場の即席のものなどでは全くなくて、彼にしてみれば、三十年もつぶさに読み続けていたからこそ生み出し得たものがあったのだということで、それについて深く考えさせられた本でした。
書かれていた内容はとてもシンプルで、ある建築設計事務所に採用された新卒の23才の主人公のその年の夏の仕事と恋愛のお話。
ずっと建築の話なのになぜこんなに美しいストーリーなのか、フランクロイドライトの建物の中にいるようでした。
美とは含羞なのだというのがこの小説のテーマではないかと思わせるような、とてもナイーブで繊細な物語でした。