二月×日
23ストリート駅から歩いてチェルシーのギャラリー街を目指す。
17年前は、新しいアートシーンがSOHOからチェルシーに移ったばかりでした。
その時は、ガゴシアンギャラリーでデミアン・ハーストの大展覧会が催されていて、ヨーロッパからもたくさん人が来ていたらしかった。
今もチェルシーでは現代のデミアン・ハースト、現代のジェフ・クーンズと言われるような作家が発表しているのだろうか?
そうした情報も何も持たずにギャラリー街を歩く。
最初に目指したのはDia Foundation
以前はDia Centerと呼ばれており、商業画廊ではなく、アーティストの活動拠点のような役割を持っていました。それが現在は財団となってチェルシー以外にも拠点があるらしい。
知らずに行って驚きましたが、菅木志男が開催中でした。
日本の『もの派』をNYで見ることになるとは。
もの派はやはり日本の風土から生まれたものだと感じます。
自然というものは、日本やアジアにおけるそれと、欧米におけるそれとは異なる。
自然と共存し自然を畏れ敬って来た私たち、自然と闘い自然を征服して来た彼ら。
そんな二元論が私の中にはあります。
だからでしょうか、菅の作品をNYでみると、とても乾いた感じがしました。
それにしても、この流れは日本の具体に続いて日本のもの派が注目されているということなのでしょうか?
欧米のアートは終焉を迎え、オリエンタリズムないまぜでアジアにおける60年代の初々しい美術が価値付けられているのでしょうか?