新しい年が始まった。ブログを読んでくださっている皆さん、今年もよろしくお願いします。
2006年の私の予定
1月14日まで スロバキアでグループ展
2月末より リトアニアでブック展 (作品間に合うか!)
4月より1年間 静岡銀行本店(静岡市)のウィンドウギャラリー(2ヶ月ごとに展示替え)
6月 二人展 (東京)
10月 「ちっちゃな文化展」
11月 個展(浜松)
滞っている栞アートを進めたい。
記録集を再編集して作り直したいと思っていたが、年が明けてしまったし、16ページのままとりあえず20冊ほど作ることにした。今日はアトリエでその作業。プリントは時間がかかる。プリントしながら読みかけていた雑誌などを読む。
『子どもと昔話』の中に、高校教師をしながら、山形を中心に日本の昔話を足と手と耳で集めてきた人の話が載っていた。興味深く読んだ。
少し前にビデオで『楢山節考』を見た。
生きることも死ぬことも愛し合うことも食べることも全て『自然』の中にある、というような死生観。厳しいけれどある時は暖かく、そして美しい。それは、今の自分よりも子ども時代の自分の暮らしの中にあったリアリティーに通じているように感じた。もちろん、自分の死をあのように崇高に選びとれないし、自分の親をあのように送ることもできはしないのだが。
『子どもと昔話』のなかの、あるメッセージと、『楢山節考』が重なったのだった。文明を否定するのでは全くないが、グリム兄弟がもたらしてしまった『メルヒェンのある種の歪曲』や、たとえば花を育てることが『園芸セラピー』になってしまうような『普通の暮らし』の喪失などは、生も死も全て自然の一部とみなすような大きな愛のようなものの前では、いかにもあやうい。
さてしたがって私の今年のキイワードは生きるリアリティということになるのか。重たいか。軽くてもいい、楽しく、やりたいことをできるだけたくさんやりたいと思っていたこともあったが、今年は、小さくてもささやかでも、確かなものを積み上げていきたい。