非常勤で行っている高校の生徒が校舎3階から飛び降りて死んだことを今朝の新聞で知った。驚き、専任教諭の友人に連絡する。
それは月曜の放課後の事だったらしい。
月曜日、その生徒は私の授業を欠席した。私の授業だけでなく他の授業も。彼は長期欠席のいわゆる不登校の生徒だった。
私は全員分用意した新しいスケッチブックとフォルダーが彼の手元にも届くようにと担任を探したが会うことができなくて、『では、次の出勤は木曜日ですから、その時にまた持ってきます』と、担任の隣の席の先生にことづけて、スケッチブックは自分の机上に置いて午後3時前に学校を出た。
時間は確かでないが彼はその日『登校』した。そのことのために。
私には不登校になって今年で5年目の息子がいるので、この痛ましすぎるできごとを教師としてでなくひとりの親として、受け止める。
彼の両親の気持ちを思うと胸は塞がり言葉が見つからない。
何故だろう、なぜ彼は最後の場所に『学校』を選んだのだろう。
それほどまでに、彼は学校に支配されていたのか。彼の生きる場所は『家』と『学校』のほかにはなかったのか。
『世界は広くて、魅惑に満ちあふれている。その広い世界の中では『学校』はとても小さなとるにたらない存在で、だから、もしも行きたくなくなったら行かなければいい。
また行きたくなるまで、遊んで寝てたっていいんだよ。広い世界の方へひとりで出かけたっていいんだよ。それはとっても楽しそうだ』
子どもの事で悩んだ果てに、そんなふうに言える親になりたいとずっと思ってきた。今度こそ、こころから、そんな親になっていきたいと思う。
そして私たちおとなはみんなでそういう魅惑溢れる、信じるに足る世界を作って行かなければならないとおもう。