姉の施設に行った時のことです。
その施設でお世話になっている人たちの似顔絵が、一枚ずつ色紙に描かれて、食堂の壁にふわっと張り出されていました。
あら~と嬉しく眺めていると、職員さんが、似顔絵描きさんの訪問があったのです、のりこさんのもの、持って行かれますか?と声をかけてくださいました。
姉はもちろん、他の利用者さんも、その作品が自分自身を描いてくれたものであるという認識ができていないだろうから、
それならば、ご家族にという風に考えてくださったのでしょう。私がずっと眺めていたせいもあったかもしれません。
私は、ひとりひとりのために描かれた作品がこんな風に展示されている風景を素敵だと思い、だから、そこから一枚を剥がすことには少し遠慮をかんじました。
でも、ふと、あ、この絵の姉を母に見せたいと思い、お言葉に甘え作品を包んでもらいました。
その作品は、いわゆる達筆な似顔絵ではありませんでしたが、線は柔らかくてやさしくて、色は淡彩、顔は少しふっくらと表現され、少し微笑んでいるような表情に描かれていました。ひらがなで、のりこさん、と添えられていました。
母に見せると、母はずっとずっと、ずっとその作品を見ていました。
姉の似顔絵を見つめる母の表情から私はたくさんのことを思いましたが、しばらくの時間、私と母のあいだには言葉はなく、その作品だけがありました。
父を見送った後も、ギリギリまでひとりで姉を世話して姉と二人で暮らしてきた母は現在87歳、介護度は3です。
アートの力、という言葉は、いろいろなところで使われますが、このやさしい似顔絵が持つ力、それもアートの力だと、涙を溜める母の横顔から思ったことでした。母は、姉に『会えて』嬉しかったのだと思いました。