唄者の里とみえさんのお宅を辞す時のことです。
玄関に小さなネズミがいました。私とチョンさんが靴を履いている時も、別段驚く風もなく動きませんでした。小柄ながらよく肥えたネズミでした。
私はその時、とても不思議な感覚に見舞われました。ネズミといえば、ゴキブリの100倍は不潔な存在のはずなのに生理的な嫌悪感が全くわきませんでした。むしろおとぎ話に出てくるネズミに現実世界で出会ったような、ファンタジーさえ覚えました。とみえさんもまた、コラともしっとも言わず、ネズミの存在を全面的に受け入れていました。
このネズミの存在と人間世界との関係、これは私の日常には無いものです。
少し前の年末、台所のパントリーでネズミの糞を見つけ、そして3cmほどのネズミを複数目視し、ネズミがいる!と誇張抜き半狂乱状態で駆除と消毒をしたことがあります。あらゆる食材の処分、パントリー内の棚を全て外し洗浄と消毒、通り道を突き止めて封印、床下収納を外して駆除剤散布、天井裏だって怪しいのよとそこにも散布などなど、夫はもちろん、帰省中の息子たち全員巻き込んで、ネズミ撲滅大作戦を展開した私がいました。そんなに不潔にしていたつもりはないと半泣きになる私を、我が家の男たちは、裏のマンションを潰して平地になったからきっとそこからの引越しだよなどとなだめてくれたものでした。なのに、そんな私が、里さんのお宅の玄関先にちょこんといたネズミには、ちゃん付けして呼びたいぐらいの親近感を覚えたのです。
奄美で得たものが何なのか、自分ではわかりません。
ガリ勉な私は、奄美で何かを得て、それを内面化し、自分の表現の糧にできたらと考えたりしてしまいますが、それは具体的にはわかるはずはありません。
都市生活の中にはない霊的な何かを私は知らずしらずのうちに吸収できていたのでしょうか。