くじびきドローイングを海外でやったらきっと面白いね。
とか
日本語じゃない言葉でもやれたら広がるね
といったことを言われ始めたのは2016年のめぐるりアート静岡の頃からです。
くじドロはコミュニケーションのワークショップであるけれど、実は言葉とイメージのワークショップなのかなとその頃から思い始めました。
日本語でない言語でやるとくじドロはどうなるの?
複数の言語が混じるとイメージはどうなるの?
きっと予想もつかない展開になるのかも。そしてそれはきっと楽しいはず。
そんな風に多言語くじドロを夢想してきたのですが、この度、その夢が現実となりました。
HICE 浜松国際交流協会のグローバルフェアでくじびきドローイングワークショップをいたします。


グローバルフェアは2月ですが、そのための事前仕込みのような感じで、在浜松の外国人の方々の集まる場所でくじドロキャラバンをすることになりました。
その第一回が、12月14日に、フィリピンの人たちのクリスマス会の中で行われました。
浜松市の人口は約80万人、そのうち、外国人は25000人、うちフィリピンの方は約4000人。
多言語でやりたいなどといっておきながら、地元の外国人の人たちの実態も知らない私でした。
どこか遠くの国に出かけ、そこでくじドロやる、という風な現実離れしたことをふわっと思っていたのです。
フィリピン人の知り合いはいますが、浜松にはいません。
浜松のフィリピンの人と話したことがありません。
HICE浜松国際交流協会のM岡さんがセッティングしてくださってくじドロ一式を持って会場に向かいました。
クリスマス会には、100人以上の方が参加していました。フィリピン料理が用意され、歌とか踊りとか、いろんな出し物がありました。
会の初めにくじドロのことをステージ近くで紹介していただきました。司会の方の言語はタガログ語でした。
松岡さんと私の言葉を日本語にしてもらってくじドロの説明。松岡さんは、きちんとタガログ語で初めのあいさつができていて、その用意をしてこなかった自分を恥ずかしく思いました。
会場後方に一角を作っていつものくじドロの開始。
まずは子どもたちがやってきました。
子どもたちは日本語がとても上手で、読み書き全てオッケーで、くじドロはいつも通りでした。
フィリピンの子も日本の子も同じと感じたのは、くじドロにハマってずっと居続けて何回もくじを引き何枚も絵を描き言葉を残し自分の言葉を引いたりすると自分で大ウケする、そんな子が必ず何人かいるということでした。
大人の人たちは、日本語のくじは読めても、言葉を残すときは、日本語では厳しそうでした。でも私たちに気遣ってか、タガログ語ではなく英語で残していくひとが多かったです。タガログ語でもどうぞというと、英語との併記で残してくれました。タガログ語はアルファベット表記なのでテプラで打ち出せて良かったです。でもタイ語とかイスラムの言葉とかアフリカの言葉、ドイツ語のウムラウトやフランス語のアクサングラブとか、テプラで出せないときはどうしたらいいかなと考えました。このことだけでもくじドロは広がると思いました。
手書き文字にかざすだけで翻訳してくれるアプリはないかしらと、松岡さんと探しましたが無さそうでした。打ち込みさえすれば今は翻訳も発音もやってくれるアプリはあるのですが。
そして、翻訳が仮にできたとしても、その訳が正確かどうかはもうわかりません。
日本語で残しても、受け取る人の解釈は変わるので、その誤差の範囲が多言語だと広がるということでしょうが、イメージ共有の誤解の楽しさは多言語の方が起こると言うことです、楽しいです。
今回のフィリピンの方達とのくじドロ、いつものくじドロよりも、ずっと丁寧に絵を描いてくださった印象があります。
日本語と関わる場合は、一つ一つのことを丁寧に着実に実行していく、そう言う生活態度が求められる暮らしなのかなあと想像しました。
大切なのは、こうした私自身の気づきではなく、くじドロが世界に広がっていくことなのですが、まずは、感じたことから広げていくということでしょうか。
『好きなおでんの具』という日本人の書いたくじを引いた人が、おでんって何?と聞いていました。
日本の家庭料理に触れることはないのかしら。コンビニのおでんのことを知らないのかしら。いろいろ思いました。
逆に、私はこの日、フィリピンのご馳走をたくさん頂いたけれど、初めての味だと思うものがいくつもありました。
などなど、いろいろなことを思いましたが、まずは多言語くじドロの一歩目が始まりました。