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7月24日 会津若松発の只見線の本数は少ない 午前6時台3分 7時41分 そして午後は1時過ぎ 今日中に浜松に帰れるのは7時41分まで だが只見で一泊していくことに決めたからにはのんびりでもいいと思っていたが結局朝早く起きてしまったので7時41分の列車に乗った それでよかった。 只見に夕方着いていたら泊まるところがなかったかもしれない。 只見線は2011年7月の豪雨で途中がなくなったまままで復旧していない。 会津川口からは代行バスに乗る。 その待ち合わせの時間に、県博の小林さんに紹介してもらった民宿只見荘に電話をすると、なんと今日は休業日。 只見荘の人に別の宿を紹介してもらってかけても初めは満室。 そうか、4連休ということかと思う。 紹介の二つ目の宿で、お一人なら大丈夫ですよとようやく。 しかし、ハプニングはあれど、その日の宿をその日に決めるのは、楽しいことだ。 自由ということなのだと思う。 五日目にしてだんだんと私は女寅さんを標榜してもいいかもしれないと思えてきた。 只見線からの風景は美しい。 奥会津の深い緑。 只見川のエメラルドグリーン。言葉もない。 スケッチブックを広げることすらもったいなくて私はただ列車に揺られながら奥会津の風景に身を任せる。 本当に良い時間だった。 代行バスからの只見駅着は12時半を回ったころ。 暑い。帽子がない。色々増やして荷物が重い ともかく宿までは行って荷物を預けよう。 旅館みな川は駅から近かった。 おかみさんは親切で、只見に着いたら行こうと決めていた『ブナと川のミュージアム』まで、買い物のついでがあるからと軽トラの助手席に乗せてくれた。この酷暑で歩いていくのはきついと思っていたから本当に助かった。 『ブナと川のミュージアム』で奥会津の自然について知る。ブナ林を歩きたくなった。 帰りは只見川沿いをゆっくりと歩く。 釣り人がいた。 おかみさんに教えてもらった保養センターまで歩いてみる。。 一人で遅いお昼。ざるうどん650円。それから公共浴場で汗を流す。タオルは100円。 ふるさと館田子倉を訪れる。 68年前、只見川に建設された田子倉ダム。そのダム建設のために水の底に沈んだ集落の資料が展示されている。 時間をかけてゆっくりとみた。 ダム建設のために村が沈むという物語は知っている。日本中のあちこちにあったであろうことも知っている。 だが、その集落がどんな文化を持ちどんな生活が営まれていたのか知ろうとしたことはなかった。 例えば、田子倉集落では、川を上ってくる鱒たちを村の共同財産として扱ってきた。漁に出るのも輪番ならば分配も平等。 川の恵みをみんなで分かち合うのだ。 反対運動から和解への流れとか、この村を取材して書かれたいくつもの文学作品などの展示もあった。 そして旅館みな川の女将さんは、この田子倉集落の末裔ということがわかる。 お布団を敷いてもらう時、それとなく水を向けると、ご両親の出身集落がそれぞれに只見川のダムに沈んだこと、子どもの頃はよくマスコミが取材に来たことなど話してくださった。 さらに、翌日のチェックアウトの時は、彼女の方から、たくさんのお話をくださった。 田子倉集落は豊かな村だった。 質の良い山菜が採れて高く売れたし養蚕が盛んで新潟から季節労働者を雇っていた。 林業も盛んで、川を使って新潟まで木材を運んで売っていた。子弟を東京の大学にあげる家庭も多くその経済的な余裕はどの家も十分だった。 集落の人口が増えないような調整もしていてよそのひとを入れないで、集落の資源をみんなで分かち合った。 今も、年に一度はちりじりになった田子倉村民たちがここで集まる『なおらい』という行事がある。コロナでできなくなっているけれど。。 など。 ダムに沈むのは過疎の村貧しい村という思い込みが私にはあった。 近代化の中で、過疎の貧しい村が経済で恩恵に浴する側面もあったのではという思い込みがあった。 自分たちの生活、文化、歴史全てがダムに沈む。それはどういうことだろう。 自分の生まれ育った家がなくなってしまう。 それだけではない、過去にここに自分の家があったと見にいくこともできない。その地自体がない。 すごいことをしてきたんだなと思った。 ちなみに、只見の旅館の多くが満室なのは、今も続いているダム工事で働く人たちを泊めなけれならないからだった。 今もなおおかみさんはダムと関わって生きているのかと思った。 旅館みな川には二食付きで泊まった。 ひとり旅、旅館の浴衣で和食のお膳。 お酒も少しいただいて良い夜だった。
by hisakoinui
| 2021-08-06 09:00
| 旅の記録
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