長い間、ここに書かなかったので、また始められるか心もとないのですが、ツイッターにつぶやく様にふわっと書いてみようと思います。今日からは、もう9月なので。
姉の看取りの頃は余裕が全くありませんでした。
ともかく可能な限り姉と過ごす様にしていたけれど、くじびきドローイングのことが怒涛の様に押し寄せてもいました。
ワークショップを様々な場所で行うということは、その場所の数だけ、担当の人との打ち合わせと準備があるということで、現地の下見やメールのやり取り、広報のことなどなどに追われていたのかもしれません。
今日は、中之条ビエンナーレのリーフレットや、くじびきドローイングの広報物などを郵送したのですが、その中で古い友達への一通に姉のことを知らせる1行を書きました。
障害者の姉の保護者となってから、長い間、私は姉の毎月の通院の付き添いに行っていたのですが、まだその付き添いのことが続く様な気持ちでいる、と今の気持ちをふと書いてみたくなったのでした。
その1行を書いたら、なぜか涙が溢れてきて、そうだ、私はまだ、きちんと泣いていない、悲しんでいないと突然気づいたのでした。
姉のことを、少しずつ振り返って、ここに綴って行けたらいいのかもしれません。
それから、自分の活動の広報という通常業務も再開していこうと思います。