神戸の震災から29年が経ったということです。
もうそんなにと思います。
震災のあった日のことをこのブログに書いたことはあっただろうか。よく覚えていませんが、あの大きな出来事のあったその時自分はどこで何をしていたか、書いておきたい気持ちに今年はなりました。
29年前の今日、地震のニュースに触れたのは、県西部浜松医療センター小児科病棟の待合のスペースででした。そこにテレビがあって速報が流れたのだったと思います。
生後3週間にも満たない三男が発熱し肺炎という診断で入院したその翌日の朝のニュースだったと思います。
新生児は風邪なんて引かないと思っていたのに発熱しかかりつけの小児科医からの紹介であっという間に総合病院入院となり、クベースと呼ばれる病気の赤ちゃんを入れる透明の箱の中に私の三男は行ってしまいました。おっぱいをあげることも抱っこすることもできず、近くで付き添うことも許されず、ただ待合の硬いソファに座っていました。朝まで寝ないでそのソファにいました。
その時に、地震のニュースが流れて来たのでした。
命というものに、とてつもなく敏感になっていました。
ついこの前出産を終えたばかりです。命の大切さを実感するのに出産以上の経験はないという思いを噛み締めたばかりなのに今は、もしもこの子が助からなかったらという不安でいっぱいなのです。生と死の境目に今私の赤ちゃんはいるのだと、今思えば過剰な心配だったのかもしれないのですが、とてつもなく心配でした、不安でした。
三男は無事に回復したけれど、家の下敷きで亡くなった、火災て逃げることができなかったというたくさんの死のニュースを聞き続けたあの日々でした。溢れる母乳を搾乳し冷凍して病院に届けた私のあの祈りの日々は、震災で家族を亡くした人たちの辛く苦しい日々でもあったわけですが、遺族の方々においてはそれは今も続いているのだと思います。
地震にあったわけではないのに、毎年この日が来ると、三男が今日も健康で生きていることに感謝しないではいられません。