90年代の初めだったとおもうのですが、『アグネス論争』というのがちょっと世の中を騒がせていました。
タレントのアグネス・チャンが子連れで仕事に行くことをめぐって、林真理子が『いいかげんにしてよ!アグネス』という文章を文春かどこかにのせました。大人の世界に子どもを連れてくるのは迷惑というわけです。するとアグネスもそれに反論、社会学者の上野千鶴子らも加わって、子連れ出勤の是非、ひいては女性の自立についてなど論じられ、けっこう話題になっていました。
当時の私は、子育ての佳境にあったのでその論争を興味深くチェックしていたのです。
ある日、若桑みどりさんが、朝日の『論壇』にその論争について寄稿していました。え?若桑みどりって、あの?と私には美術史家と子育て論はすぐには結びつきませんでした。
切り抜きを保存していないので不正確かもしれませんが、彼女の論はその二項対立のどちらでもないものでした。やはり子連れでは仕事の責任は果たせないだろうといいながら、女性は子どもを持っても仕事を辞めるべきではない、ともいい、この論争で欠けているのは、子どもにとって大切な事は何かという視点ではないかと指摘していたのです。
つまり、幼い人たちにとっては、衛生的な環境と、いつもかわらず自分を守り世話をしてくれる決まった大人がいるという安定した生活が大切であって、その大人は昼間のある時間、母親でなくても良いのではないかという事でした。
それはしごくまともな、そして普通で自然な考え方でした。(だって、ほとんどの仕事を持つおかあさんは、昼間はおばあちゃんか保育園にこどもを預けて働いている訳ですから)、その生活者としての実感のこもる文章から、若桑みどりはお母さん(しかもごく普通の)もやってるんだな、と気づきましたが、同時に、林真理子のわがままを吹き飛ばし、上野千鶴子の生意気を鼻であしらい、アグネスの無知をそっとたしなめたその文章は、(私を含めた)たくさんのお母さんたちを勇気づけたように思いました。だって、だれもみな当たり前の事として仕事をしたり子どもを産んだりしている訳ですから。
それを読んだからという訳でもないけれど、また私はおりにふれて、若桑みどりの著作を読んでいく事になります。(つづく)