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3月28日
朝、下田を出て、伊豆急で熱海そしてこだまに乗って東京へ。 前日夕方に品川から下田に向かった時も思ったことですが、伊豆と東京ってこんな関係なんですね、当たり前だけどなんだか新鮮でした。 東海岸の美しい風景を見ながら、色々と反芻したりなどの時間。 都美術館の会場は地階だったので、到着前に上から会場を見おろす事になります。 お昼過ぎに着くと、私の作品を、それは丁寧にページをめくって見てくださっている男性が上から見えました。60代後半ぐらいでしょうか。 美術の業界の感じではなく、公募団体の関係者でもなさそうな感じの紳士。 しばらくその方が作品を見てくださっているのを私もゆっくり見ていました。 こんなに丁寧に見てもらえること嬉しいなあと。 それから会場に降りてゆき、荷物を置いたりグループメンバーに挨拶をしたりして、作品の方に向かうと、その男性からご挨拶いただきました。 なんと彼は、2014年3月、ベルリンの郵便局の窓口で難儀していた私を流暢なドイツ語で助けてくれた早稲田の理工学部の先生でした。 帰国後にお礼したお返事に展覧会の際にはお知らせ下さいとあったので、これまで何回か一斉メールや郵便でお知らせしてきたのでした。 作品の前での再会、改めてのお礼、などでき、作品への素晴らしい感想も頂けて、震災のこと原発のことのお話もでき、本当に嬉しいことでした。 東京での発表だったからこそ来てくださったという方々たくさんいます。 昨年三月、浜松でのTEGAMI展で知り合った作家たち山本さん西山さん鍋島さん下向さん。お世話になってきたギャラリーの方々。東京に住む友人たちetc.. 時間不足で十分お知らせしきれていなかったのにありがたいことです。 やはり最終日に来てくれた大学からの友人の小春は、私のほとんどの作品を見てくれていて、今度の作品も、ギャラリーKや小田原ビエンナーレでも見ているのですが、今回が一番良いかもと言ってくれました。理由は、周りの作品が皆、同じテーマだたからだということ。この作品だけが一つあるよりも、こうやってある方が、作品が強く伝わる、くっきりとするというような内容の言葉をもらいました。 グループ展参加の意義を果たせたような気持ちになりました。そしてそれぞれの作品も同様であるなら、単なる個の作品の寄せ集めではないグループ展ということになるなあと。 (とりあえず、今日はここまで書いておきます。もう少しまとめたいと思います。) ▲
by hisakoinui
| 2017-04-18 08:32
| 展覧会報告
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会場番の日の夜。
昨年11月の飯舘村ツアーで知り合いになった方々と新宿で飲みました。 マネージしてくださったのは、北海道新聞の岩本さん。都美術館でグループ展しますのお知らせとともに、みんなで飲みませんかと発したところ直ちに飲み会をセッティングしてくださいました。すごいなあ。 メインゲストは、あの飯舘村ツアーのオーガナイザーでもあった写真家の土田ヒロミさん。横トリで見たヒロシマの写真がものすごくて憧れと尊敬の方でした。飯舘村を見たら、撮らざるを得なくなったという土田さんの言葉。一貫しているなあとあの時も感動したことでした。 それから浪江町から避難して今は日吉に住んでらっしゃる原田さん。11月のツアーでは6号線南下しながら津波で何もなくなった風景の中でたくさんお話くださいました。 土田さんは、原風景展に来てくださっていました。 岩本さんは私が会場にいる時間帯にいらして二人で上野から新宿に移動しました。 お二人とも私の今回の作品を認めてくださいました。嬉しい事です。 土田さんといろんなお話をした中で印象に残っていること この国には実に美しい四季がある。この日本という国に生まれ育ったということは奇跡なようなことだ。 写真をうまく撮ることなど必要のない時代となった。大切なのは何を撮り何を見させるかだ。 美術ではそういうことは行われて来た。だからそれを評する人たちや評論の畑も育っている。だが写真はまだまだだ。 しかるべき仕事をなしげた人って誤差がない感じがしました。『本質』というか『核心』というか、そういった最重要な部分との誤差がなく、強さシャープさがある。かっこいいなあ。 二次会は岩本さん行きつけの新宿ゴールデン街のお店へ。1934年生まれの女主人おみっちゃんこと佐々木美智子さんのバー。 初めて見る世界でした。すごいなあの三乗! 私は、ちょっと疲れが出て、お酒はたくさんは無理でしたが、楽しい夜でした。 北品川にシングルをとってあり、深夜に到着。今度は一人の静かな夜へとつながり、これも良い時間でした。 旧東海道品川宿の情緒の残る街道端。この道は、私が生まれて育った家の前の道と繋がっている、など、なぜか急に思ったりもしました。 ▲
by hisakoinui
| 2017-04-08 23:56
| 展覧会報告
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3月26日 会場当番で9時ごろには上野に。 搬入口に行くと既にたくさんの公募系の人たち。 たくさんの人たちのたくさんの芸術があるのだと思う。 若い日々には認めていなかった公募展ですが、この、日本独自の芸術のあり方の中にもそれぞれの幸せがあるのだろうとこの頃は思います。 というか、彼らの持つ情熱や自負に比べたら私なんてちっぽけです。 温度の高い高齢の方達大勢でした。 さて、半日、会場受付に座って見えたもの。 私の作品をめくってつぶさに見てくださるひとが大勢いました。 でも、3月12日のページで『怖い!!』と言ってその場を離れる人もいました。 それは、今回初めて起こったことでした。 作品の意味が、時とともに変わって行く。
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by hisakoinui
| 2017-04-08 00:15
| 展覧会報告
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3月25日
3月20日の初日には会場にいないで三男の卒業式で京都にいました。初日に会場に立つことはもちろん、作家たちとの懇親会に出たかったようにも思いましたが縁とは深まるときは深まって、そうでないときはそれきりというものかもしれません。卒業式が大切でした。 ギャラリートークの25日は、三男のフィギュアスケートの最後の大会の日で、次男の初任地への引っ越しの日でした。 二月の大会がメインだったから今度はもういいよと三男は言ってくれ、引っ越し荷物はステップワゴンとフィットに分けて次男は夫とふたりで下田に向かいました。 いつもこんな感じだった。 こどもたちの大切な場面で美術を優先する。 いや子どもたちを優先して来たんだと揺れる。こどもはいつもいちばん上。 いや優先と言う順位づけなどもとよりなく大切な物をわたしなりの最大限の愛情でたいせつにして来た。 そうやって揺れているうちにいつのまにか彼らは成長しこの四月から全員が社会人だ。 なりきれない自分のまま新幹線に乗って会場に着く。ハハは成長しないなあと思うけれど、もう大きくなったんだからこれでいい、初日にいなかったのだから今日のギャラリートークはしっかりやろう。 ギャラリートークで話すことは、だいたい決めていました。 原発事故から6年もたつのに何も変わらないばかりか忘れ去られようとしている現実と、六年前に作った作品との関係について自分の思いを語ろうと思っていました。 それが、直前になって、ある作家の方の、私の今回の作品への感想を聞いたことで、一変してしまいました。 その人は、私の、黒く塗りつぶされた3月11日からの一ヶ月分の新聞の作品に対してまずこの作業はいつまでやったのかを質問しました。 私は、制作は半年未満でなんとなく終わりとなり今は続けていないと正直に答えました。 なぜ続けなかったのかとさらに聞かれ、続けたかったけれど、いつもその思いはあったけれど、一枚に4、5時間を要する作業が大変になってしまった、そしてそのうちに止まってしまった、とこれも正直に答えました。2011年の新聞は一年分すべて保存してあるとも添えました その人は、そんな甘い気持ちでこの制作をしたのか、やむにやまれず塗りつぶしたのではないのか、その気持ちはなぜ持続しないのか、たとえば腱鞘炎でもう鉛筆が持てなくなったと言う理由なら認めよう、そうでないなら、福島の人に失礼だ、彼らはきっとこの作品を見て怒るだろう、なぜたった一ヶ月分の展示なのだ今も終わっていない現実があるんだよ今日の今日までぬりつぶしていなければおかしい、つまりあなたは、福島を利用したんだ、とたたみかけてきました。 私は、こんなにも純粋にストレートに作品を評してくれたことに驚きと感動の気持ちを持ちはしましたが、『利用』という悪意は誓って持っていなかったと、その単語に強烈に反応してしまいました。 利用はしていません。ただあの時は、どうやって自分を収め、制作に向かっていいのかわからなかった、だからこの制作になった、本当にそれだけなんです、でも、今日まで続けてこその意義という指摘はおそらく正しくて、それについては返す言葉がありません、と、私はここでも正直に答えました。 (あとになって思いましたが、正しいか正しくないかで制作している訳ではない自分がいて、それは、ほかの方もフォローしてくれましたが、もしかしたら私が女性の作家であるから、こんなふうに世の中を感じている、というような表現になる、途中で終わることも、その感じ方の現れだったのかもしれません) このやりとりがあったので、私のギャラリートークは、予定していたよりもずっとずっと赤裸々に、涙が込み上げて来る寸前といった感情の度合いで、話してしまいました。 話すつもりの無かった、今回のチラシ内のことば、『(福島を)力強く応援する、についても思わず触れてしまいました。 私には『利用』もないけれど、『応援』も無い。応援と言う位置関係はない、持ちたくない。応援なんて尊大だ偽善だ。 こうトークした訳ではないけれどこんな思いでことばを発しました。 私は結局は自分のために制作したに過ぎません。 もちろん『利用』という見られ方をしたならば、そう見られてしまう作品であった、作品にそう見られる余地があったと認めなければならないのかもしれません。 揺れる自分、なりきれない自分、言い切れていない作品、、、、 くだんのストレート批判をくださったNさんとは帰り際、やわらかく話しをしなおせました。 作家仲間のIさんには、弱っちいねえ、もっと自信持ちなよ。私はこの作品すごくいいと思うよ!と励まされました。 もやもやぐるぐるのギャラリートークの日でした。 ▲
by hisakoinui
| 2017-04-06 00:25
| 展覧会報告
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3月19日 搬入
3月15日は越谷と横浜、16,17日は京都で、あら18日はなんだっけ?と思い出せないめまぐるしい日々でした。 床おきの作家は午前10時に着いている決まりだったので、五時起きしてステップワゴンに作品と作品展示用の台を積み込んで東京都美術館に向かいました。 上野だなあ、美術館の搬入口大きいなあ、エレベーターでっかいなあ、と、修学旅行の女子中学生の様な気分。 グループの方々すでにほとんど作業開始していて、私は、ただ置いてくるだけの作品なので、まわりの人たちの展示次第という感じ。台を組み立て、作品を置いて、調光が済み、しかしお手伝いすることもなく、長男が来てくれたけれど、手伝ってもらうこともなく、昔より奇麗になった美術館のレストランでランチなど。 作品については、全体の中でどうなのか、作品自体をどう見せられているのか、よくわからないまま、搬入作業においてはこれ以上全然やることがなく、しかし、全体が終わるまで待つことができず(夕方に静岡市のギャラリー、金座ボタニカでトークの予定をいれていました)、ある種の不全感を残したまま、上野を後にしました。 帰りの東名ではずっと、途中で帰った自分、ダブルブッキングした自分を反省していましたが、静岡についてみれば、楽しい楽しいトークの場が待っていてくれました。 トークの前に野村さんに電話を入れると、私の作品は設置して来たとおりで変更はなく、無事全体の搬入は終わったということで、中安モモさん遠藤加奈さんとの抱腹絶倒爆笑トークに埋没、モモさんの繊細さとやわらかさ胸に染み入った搬入日の夜でした。 帰宅は深夜。サーカスみたいな一日でした。 ▲
by hisakoinui
| 2017-04-05 00:14
| 展覧会報告
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