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海を眺め、お茶を飲み、本を読んだり絵を描いたりレストランに行ったりシャワーを浴びたりしているうちに夜になって朝になって身支度して下船の時間。
これが小笠原の光、なんだなと思いました。予想よりも柔らかな光。 予約済みの民宿に荷物を置いて身支度をしてお昼を食べようとするもどこも満員で結構な待ち時間の模様、スーパーのお弁当コーナーは空っぽで、13時からのシュノーケリング体験レッスンに間に合うかという状況となりました。 11時に下船した観光客である私たち全員のお昼を賄える数の飲食店はないのでした。 はじめから出遅れてしまいました。 イルカを見る、イルカと泳ぐ海のツアーというものが小笠原にはあって、それに参加しようとするわけですがいきなりは無理そうで、まずは到着した日の午後にレッスンを受けることになっていたのでした。 なんとか菓子パンを手に入れて腹ごしらえし、生まれて初めてウェットスーツなるものを着用して海に。 シュノーケリングなど初めてで足のつかない海も初めてで、恐怖もありましたが、インストラクターさんの巧みな指導で、なんとかやれそうな見通しがたって、まずはよかったです。
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by hisakoinui
| 2019-08-23 22:10
| 旅の記録
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おがさわら丸での24時間 デッキで海をみる 海鳥がいる 名前はわからない 海はずっと眺めていられる 船内を歩く 夏休みだから家族連れとか若者たちのグループが多く賑やか。 展望デッキや、甲板のテーブルなどでドローイング。 色鉛筆と小さなスケッチブック いつものとは紙質の違うもの、いつもより多目の色数で今度は旅に出たのですが、青が一色だったのはちょっと悔やまれました。 ショップで小笠原の植物図鑑を見つけ即買いと思ったが一万円以上とは。帰りの船まで保留とする。小笠原でしか見ることが出来ない植物たちが載っている。自分の目で見て撮ってスケッチしてこれたらとこの時は思う。 船室では本を読む。 浜松市立図書館で借りて来た小笠原の歴史や自然、文化などについて書かれている本。 小笠原の歴史は古くない。 沖縄や奄美とは異なる。 ジョン万次郎が寄っていた。 戦跡もあるが硫黄島のようなことは無かった。 1944年に島民全員が強制疎開となり離島。1945年敗戦、そして占領。 返還は1968年。この空白の歳月がもたらしたことがどれだけ大きかったかは、旅の途中で知ることになる。 以後の島民は帰還した人と内地からの移住者。現在の人口は3000人ほど、平均年齢は30代後半、小中高の学校があり子どもの多い若い島だということも知った。 船上から見たサンセット。 ![]() #
by hisakoinui
| 2019-08-23 19:20
| 旅の記録
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by hisakoinui
| 2019-08-20 13:07
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2019年8月7日〜17日 東京・青山 のトキアートスペースで開かれていた本の展覧会『THE LIBRARY2019』、無事に終了いたしました。
私は、新書サイズのレディイメイドブックに、言葉とドローイングを綴って仕上げた『Pの言葉』という作品を出品しておりました。 十分なお知らせが出来ておりませんでしたが、お運びくださった皆さまありがとうございました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() #
by hisakoinui
| 2019-08-19 17:46
| 展覧会報告
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あいちトリエンナーレ2019、開幕から一週間、「表現の不自由展・その後」の展示中止からは4日がたとうとしています。 この一週間、SNSや各種メディアの情報に釘付けとなっていました。 何をしていてもそのことが頭から離れなかった。炎上記事の言葉に触れていると疲れ果ててしまうのですがそれもやめられませんでしたし、私の考えを代弁してくれているようなツイートを見れば、この人はしっかりと言葉にして発信できているのに私は、、と思ったりしていました。 とりあえず、一人の表現者として、一人の市民として、自分が見たことの記録と感じたこと考えたこと、今思っていることを書いておこうと思います。 7月31日午後から夕方にかけて、名古屋市美術館と愛知芸術文化センターの二会場を見ました。(一般公開に先立って行われる内覧会というものです。) 名古屋市美術館では、気になっていたモニカ・メイヤーの作品に参加してきました。過去に経験したセクハラについての記述を残すというダイレクトなものでしたが、自分の体験を書くことに大変なエネルギーを使いました。 青木美紅という22歳の作家の刺繍インスタレーションがものすごく面白かったのは、自分もずっと刺繍ドローイングをしているからかもしれませんが、若さゆえなのか、新感覚とエネルギーに満ち溢れパワフルで圧倒されました。。。 という風に私のあいトリ鑑賞は始まりました。 問題の『表現の不自由展・その後』は、愛知芸術文化センター8階の奥まったところが展示スペースでした。 名古屋市美からタクシーで移動、芸文センターは10階からの鑑賞ルートだったので、この展示に行き着いた時には閉館時刻の17 時が迫っていました。 会場に足を踏み入れるとそこだけが何か違った雰囲気というかちょっとした熱気に包まれていた感じがしました。他の展示会場より人が多い印象だったのは展示作品の数に対してスペースが狭かったからかもしれませんが、やはり注目企画であったからでしょう。テレビのクルーもいて、鑑賞者や作品を丁寧に撮影していました。 会場入り口から作品の一つ一つキャプションを読みながら進んだのですが、こんな作品があったのですね、そして展示が中止になったのですね、と自分の無知を知らされていったというのが素直な感想です。 昭和天皇の写真を使ったコラージュ作品や、その作品が展示されなかったことへの別のアーティストからの抗議の手紙、図録を焼いた灰が展示されていました。 私は、嶋田美子さんの、手紙と灰の作品はアートだと思いました。 Chim↑Pomの『気合い100連発』の映像がありました。え?これも今では不自由なの?ととても驚きました。東日本大震災直後の瓦礫の中で若者たちが円陣を組み気合いの言葉を一人ずつ大声で言っていくという映像、過去にも見たことがあります。これのどこがいけなくて展示中止になったのかわかりませんでした。この「表現の不自由展・その後」展の中で一番表現の不自由を伝えてきた展示です。2011年から今現在までの間にこんなにも社会は息苦しくなったのかと。 五美大展で展示拒否された学生さんの作品がありました。 『お土産の菓子折り』が作品でした 『アルバイト先の香港式中華料理店の社長から「オレ、中国のもの食わないから」と言われて貰った、厨房で働く香港出身のKさんからのお土産のお菓子』というタイトル、テキストが添えられていました。国立新美術館は、ナマモノだから、腐敗するから、という理由で展示拒否をしたそうですが、それは表向きのことと伝わる展示でした。 五美大展には時々足を運んでいますが、香港のお菓子が差別について考えるテキスト付きで卒業制作として展示されていたら、五美大展面白いねと言われるようになるのにと思いました。 『平和の少女像』は奥の方のスペースにありました。 ミニチュアの鋳造品と、実物のFRP作品、少女の隣に座ってみてくださいの椅子、が並んでいました。 少女像はとても文学的な彫刻に感じました。 裸足の両足のかかとが浮いていました。 自分の足を地につけることができないこのありかたは、日本軍の性暴力の対象とされた女性は、母国韓国でも汚れた女性として扱われ、受け入れてもらえなかったことをあらわしているそうです。自分の居場所をなくしてしまった少女、自分が地に足をつけることができない少女の裸足の足。 このことを知れば、この少女像が反日のシンボルとして作られたものでないことがわかると思います。 肩に止まっている小鳥、膝の上で握られた二つの手、おかっぱの髪の不揃いな切られ方、などにも作者の思いが込められていることも後から知りました。 少女像の後ろの床には影が表現されていて、それは慰安婦の女性たちの人生の時間をあらわしているそうですが、この影のことは気づきませんでした。 少女が椅子に腰掛けていたから、彫刻の高さは私の身長よりも低くて、私は少女の頭を撫でてあげたいような気持ちになりました。 過酷な人生を歩まされた女性たちへの思い、それを引き出してくれたこの彫刻は佳作であると思います。 だからこそ、思うのですが、展示の仕方が少し気の毒に思いました。 一人一人がこの少女の像をもっと大事に思いその隣にそっと座ってみたくなるような展示にしてあげたかったと思います。 表現の不自由に関する緻密な年表がありました。 この国で、展示まかりならぬとされた作品や、展示が中止にはならなかったが、主催者側がナイーブな対応を余儀なくされた例など、とても丁寧にわかりやすく『表現の不自由』について時系列であらわしてありました。 時間が足りず全部を読めませんでしたが、こんなにもたくさん!ととても驚きました。 政治性が強いもの、左翼的なイデオロギーが濃厚なものばかりではなく、例えば、数年前、森美術館での会田誠『天才でごめんなさい』展での『犬』シリーズのことものせられていました。障害者団体からのクレームがあって展示制限が行われたといった事だったと思います。 こうしたことからも、『表現の不自由展・その後』は、思想的なものが軸になっているのではなく、表現の不自由についての過去の例を伝え、こうしたことについてあなたはどう思いますか?と問うている展示であることがよくわかりました。とても明快な展示で、それに対して私は素直な鑑賞者であったと思います。 ただ、作品の一つ一つが資料扱いな感じだったことが、作家としては少し気になりました。 作品一つ一つに対して、作者ひとりひとりに対して、もっと丁寧に寄り添う展示はできなかったのかなと。 もちろん、資料的に扱うからこそ、企画のコンセプトが明快でわかりやすかったのですが。 「表現の不自由展その後」の再開は厳しいかも知れませんが「『表現の不自由展・その後』のその後」を、作っていけばよいのではと思います。 こんな風に思う私は楽天的過ぎるでしょうか。 あるいは、作っていかなくても、歴史が伝えてくれるのではないかと思います。何がアートであるのか、ということも含めて。 大きな声をあげたり大きなことをしたりすることは私にはできそうもありませんが、私が私なりに考えてやれることをして行こうと思います。時には誰かと一緒に、ということも大切かも知れません。 中止はとても残念に思いますが、いろいろな動きも出てきたようですし、しっかり見て行こうと思います。 #
by hisakoinui
| 2019-08-08 01:24
| みてきた展覧会
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たまにはダラダラ今日の出来事を書いてみます。 朝目覚めると、もう7時半でした。 それもそのはず、深夜から明け方にかけてクッキーが絶え間なく吠えていて(家の中)、寝室から居間のソファ、次男の部屋(空き部屋)と、本を持って移動して歩き、その場その場でうたた寝をし、寝たのか起きてたのかわからない時間を過ごしていたからです。 読んでいた本は、「アウトサイダーアート 現代美術が忘れた芸術」服部正 光文社新書 2007です。新書なので寝転んでも読めます。 実は今、アウトサイダーアートの本を同時に4冊読んでいます。全部再読。残り3冊は、椹木野衣、はたよしこ、それと美術手帖の特集です。 偏りなく読みたいと思うアウトサイダーアート関連ですが、何を持って偏りとするかもわからないので同時進行で。 来月6日に障害者支援の方々を対象に絵画のレクチャーをすることが急に決まって、アウトサイダーアートのことをお話しすることになったのです。 もともとは藁工ミュージアムの松本さんが静岡のみらーと に繋いでくださって、静岡みらーとの藤田さんがゆれるアイデンティティのくじドロに来てくださって、みらーと 県西部支部につながったという流れなので大切にしたいお話しです。 でもアウトサイダーアートのことは、正直専門外だし、だから表現者としての自分がどう感じ考えているかを率直にお話しするしかないのですが。 それがくじドロにどうつながっていくのかも。 8月6日にはくじドロワークショップもあるのです。 午前中はみらーと西部の方との電話打ち合わせやメール、そして本当は昨日までとデッドライン決めてたパンフ制作用追加データ送付も午前中まで、でずっとパソコンでした。 16ページくらいのパンフレットを作るべく画像を揃えたりなどしていて、横浜でのデザイナーさんとの打ち合わせは来週月曜日。 背中を押してくれているのはBankARTのI氏で、本当にありがたい。 先方が提示してきた日時をこちらの都合で伸ばしたりしてはならない。どんなに忙しくても間に合わせるようにと彼は言って、私はかなり頑張って指示内容のデータを作り、送り、それにまたさらに改善要素を伝えてくれて、で、このやり取りで私は緊張した2週間ほどを過ごしている。 今日は私や私の作品を論じてくれた人たちのこれまですべてのテキストデータを揃えた。 ドイツ個展でのエルマコーラさんの言葉は何度読んでも素晴らしい、静大の白井先生の洞察、平野先生の感覚、港さんとのトーク、小林さんとのくじドロトーク、増田くんとの物理学トーク、テープ起こしから修正まで頑張っておいてよかった、などなど。 『Newspaper Flowers 日本の地方都市2009』作品データの抜粋にも時間がかかったが、午後2時にはI氏に送信。googleドライブなんて便利。 そのあとは、みらーと レクチャーのためのレジュメを作って今日中に送るという仕事、のはずだったが、昨日姉の付き添いで、高校の出勤のところを勝手に欠勤したので、やはり今日いくべきかと学校に向かう。(もう夏休みで授業はありません) 自分の机に向かうと仕事が生まれてくるのは不思議だ。(忘れていただけなのだが) 美術館実習の事前電話打ち合わせ。夏期休業申請書を今頃書いて出す。副校長の顔を見て思い出した起案書の制作、など。 長期休暇中の職員室は普段よりなごやか。かつて次男の担任だったT川先生が今は同僚なのですが、私を見ると、次男のことを聞いてくださる。 5年も不登校しててようやく入学した単位制定時制高校の1年の時の担任。T川先生だったから高校からは楽しく通えたのだとハハは思う。 帰宅は17時半。みらーとレジュメ、メール送信は19時20分。先方に電話したらもう留守電でした大丈夫かな。。 急いでご飯作って食べてジムに行ってマスターズは20時半から。今日はなんだかのんびり泳ぎました。 バタフライ50メートル達成したらこの水着を着る!と決めてた水着で。(そう私は水曜日、悲願のバタフライ50メートルを達成したのです!) など、でした。 #
by hisakoinui
| 2019-07-26 23:57
| ぐだぐだ
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クリエイティブサポートレッツの久保田翠さん、アートコーディネーターの青木あきこさんと、時々飲み会をやっていて先日も久しぶりに集まりました。 今や押しも押されぬ全国区の人となったアグレッシブなアクティビスト久保田さん、幅広い教養と知性、鋭い洞察力をもってボトムアップで浜松の文化を育ててきた青木さん、このふたりとまみえることは私にはとても刺激になります。 久保田さんの話で残ったこと。 重度障害のご長男たけしくんがもう自立していく。こんな大変な世話のかかる人、私がいなくては無理と思っていたけれどそうではないらしいのよね、 たけしといると楽しいと言ってくれる人がいる、たけしにはファンがいるんだよ、と。 久保田さんよかったねと思うと同時に、誰もが社会の中で育て合うというその考え方は、たくさんの人の励みになる、と感じました。 たとえば、私は、介護度3の母を実家で一人暮らしさせています。 させている、という表現をすること自体、本来は娘である私が母の面倒を見なければならないのに、という前提を含んでいます。 そんな風に自分で自分を縛ってしまうわけです。 母には母の生活があって、実家に住み続けたい希望があります。そして、本当にありがたいことに、たみ子さんに会うのが楽しみ!と言って通ってくれるヘルパーさんや、仲良くしてくれるデイサービスでのお友達がいます。 世の中には高齢者や障害者の介護を仕事にしている人たちに対して少しバイヤスをかけてみてしまう傾向がある気がします。 本来やりたくないことなのに仕事だからやっている、のではないかという思い込みです。 そしてその思いは私の中にもかすかにあったことを認めます、ただただヘルパーさんたちにいつもありがとうございますと頭を下げてきたわけですが、その感謝の中に、やりたくない仕事をやってくださって、という気持ちが含まれていたのかもしれません。それは本当に失礼なことだったと思います。 障害者の姉の状態が良くなくて、別の施設に移らせるかどうかの面談が先日あり、姉の担当の職員さんが、涙を流して姉の足をさすってくれていました。のりこさん行っちゃうの?と。 久保田さんの言葉を借りれば私の姉もまた母以上に「こんなに大変で世話のかかる人」ですが、こんな風に姉を愛してくれている人がいるんだとその時思いました。 誰かが誰かを好きでいる、ということは本当に素敵なことです。 年上からも年下からも男からも女からもお年寄りからも子供からも、好きになってもらえるのはとても素敵なことだし、 年上の人のことも年下の人のことも、同性も異性も、お年寄りも子どもも、健常者も障害者も、好きになれる自分がいたらそれは素敵なことなんだと、そういうことを思わせてくれた久保田さんの言葉『たけしにはファンがいる』でした。 誰かのファンである自分のことも、ちょっといいなと思っていようと思うし、もしも誰かが私のファンになってくれたとしたらそれは相当なことだと思います。 #
by hisakoinui
| 2019-07-16 23:36
| 文化一般
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友人でイラストレーターで美術家のちばえんさんから静岡市の金座ボタニカでの個展のご案内が届きました。 かっこいいフライヤーです。オープニングトークに合わせて伺おうと思っています。 2年前の2017年7月、私もボタニカで個展をしました。 あれからもう2年。早いなあと思います。 そして今現在、次の個展の予定は今のところありません。 1997年以来、個展開催に2年以上の間隔が空くのは初めてのことです。 自分でも、この事実にちょっと驚いています。 2015年ごろから、私にはくじびきドローイングワークショップの仕事が増えました。 めぐるりアート、福島の方々との関わり、などなど。本当にありがたいことでした。 2017年も、個展の後は、浜松、掛川、別府とずっとずっとくじドロ。 翌2018年3月には大きなくじドロ展、夏から秋ははじまりの美術館でのくじドロ、2019年には新城の小学校でのくじドロ、くじドロキャラバン高知、そして鴨江アートセンター浜松でのくじドロと続いての今です。 くじドロは本当に楽しく、くじドロで広がり、くじドロで育てられたこの5年です。 もちろん自分の制作をやめていたわけではありません。いくつかのグループ展に参加もしました。 親しい友達に言われたことがあります。 『あなたはもうくじドロの人になっちゃってそれで売れていくっていうこと、ありだと思うよ」 作品が売れなくてもくじドロが認められていけばそれでいい、つまり彼女は私の作家人生について親身になって考えてくれたのです。 あるギャラリーの人には 『乾さんのドローイング作品より、くじびきドローイングの方が断然いい!』とはっきり言われました。 その時は少し傷つきましたが、社会性という観点でその人は言ったのです。きっとそうだと思います。むしろ、くじドロをそんなにも評価してくれるんだなと思いました。 でも反対のことを言う人も少なからずいます。 『そうやってワークショップばっかりやっていると、ワークショップの人になっちゃうんだよ。持ち歩くのはワークショップの資料じゃなくて、自分の作品の資料にしなくちゃね』 いろんなことを言ってもらってそれを反芻しながら次第に私は自覚を深めています。 二年間個展をせず、今も発表の予定を入れられない自分へのアリバイ証明としてくじドロがあるのではありません。 作品の代わりにワークショップをしているのではありません。 くじドロも私の作品です。 しかもそれは、社会に向けて開かれた、新しい作品です。 私の、でもあり、みんなの、にもなりうるものです。 だから大事に育てたい。みんなのくじドロになれるものならそれもいい。 その一方で、自分の表現を、やめる、ということは出来ません。 朝目覚めたらすぐさま着替えてアトリエに行きます。この頃は5時半とか6時とか。子どもたちが小さかった時は4時とか4時半とか。 そして窓辺に置いているサブロクサイズのシナベニヤの制作台でドローイングをします。 このことが出来たならその日は一日オッケーです。 一日のうちで一番いい時間を絵を描くことに使う。 この贅沢なことをしないでは私は生きられない、というふうに言ったらオーバーなのかもしれませんが、どうやらそうらしいのです。 くじドロが私に教えてくれたのは、この私の個人的な営みをもっと開かれたものにした方がいいということでした。 くじドロが常にインターアクティブな活動であるように、私の表現も双方向性を持つものにしていくこと。 それなしでは生きられないほどのものを持っているのなら、それをもって社会に何かを問うていこう。社会に向かって自分を開いていこう。 これまでのようにただ、これを描きましたから見てください、ではなくて。 そしてそれが自分のリアルから生まれていることを実感しながらやれたなら素晴らしいと思う。 あまり焦らずに、もう少し深めて行きたいと思っていますが、同時に、たとえ仮想のシュミレーションであっても、具体的に作品で他者に伝えようとすることをいつも考えていたいです。 こんなことを思っているこの頃です。 #
by hisakoinui
| 2019-07-12 21:00
| 制作日記
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![]() 五分美術史 フェルメール レースを編む女 ヨハネス・フェルメール オランダ・1632~72 油彩 キャンバス/24.5×21cm 1669~70頃 ルーブル美術館 フランス フェルメールは、美術史の流れの中ではバロック美術に位置する画家です。バロックは、ルネサンスの端正な表現に比べて、色彩や明暗など様々な点でとてもドラマチックな表現が特徴です。この「レースを編む女」においてもその特徴は随所に見られます。手や衣服の中の誇張された明暗、黄色の衣服とブルーのクッションや、赤い糸とグリーンのクロス、などに見られる色彩の強いコントラストなどがそれです。 でも、この作品がドラマチックに感じるとしたら、その一番の根拠は「時間が止まっている感じ」ではありませんか? フェルメールは、どのようにして、このレース編みの細かい作業の瞬間を表現できたのでしょう。モデルとなった女性に長くこのポーズをとり続けていてと依頼したのでしょうか?それはちょっと無理な気がします。43ページの、『牛乳を注ぐ女』を見ても同じです。 そうなると考えられることはひとつです。カメラで撮影後その写真をもとに制作するという方法です。 フェルメールの生きた17世紀後半にはデジタルはもちろんフィルムカメラもありませんでしたが、カメラの原型であるカメラオブスクラというピンホールカメラ(p90 p123 p143参照)はありました。 一説には、フェルメールは、描きたいモチーフをピンホールカメラで覗き、デッサンせずにそのままキャンバスに投影し、そこから絵作りした、と言われています。作品がどれも小ぶりなのはそれが当時のピンホールカメラの限界のサイズだったことが考えられます。 (実際、初期の大作にみられるデッサン力は今一つで、作品が小さくなってからは狂いがありません。そして窓辺の風景が多いのはカメラに光を取り込む必要があったからではないかと私は思っています) ところで皆さんは、見て描かないなんて絵描きとして『ずるい』と感じますか? 私は目と手の力だけで絵が描かれていた時代に、当時としては最新のテクノロジーを使って新しい表現を生み出したのだと評価できると思います。 前回のテーマの、『何を』と『どのように』に再び戻れば、フェルメールは『何を』においては100パーセントオリジナルであったわけですし、 写真というものが普通にはなかった時代に、この、まるで時間を止めたような作品を見た人たちは、今の私たちとは異なる感動を持ってフェルメールの絵に接したかもしれません。 テクノロジーは進化を続けています。 お絵かきアプリibisPaintⅹと皆さんの指先はつながっているように私には見えます。指で液晶画面をなぞって生まれた傑作に驚きます。CGの世界ではどこまでがリアルでどこからがバーチャルか時々わからなくなります。パラリンピックの選手はテクノロジーによって身体機能を拡張し、種目によってはオリンピック選手より良い記録を出すそうです。 私たちの世界を広げてくれるものとしてテクノロジーはいつもあります。 フェルメールは350年も前にそのことを絵描きとして実践した人なのだと私は思っています。 (生涯で35点の作品しか残さなかったフェルメール、なぜか日本人には絶大な人気があります。今年初めのフェリメール展ではインターネットで日時指定の予約をして前売りを買いなおかつ並んで入場、会場内も大混雑、立ち止まっての鑑賞禁止、でした。 この2点のほかには、「真珠の耳飾りの少女」や「デルフト眺望」などがあります。フェルメールとテクノロジーを結びつけて鑑賞する人は少数派です) ![]() #
by hisakoinui
| 2019-07-09 21:00
| 教える仕事
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![]() ■ART BOOK/ART GOODS @BankART Station 2019年7月5日[金]~21日[日]11:00?19:00 BankART Station(220-0012 横浜市西区みなとみらい5-1 新高島駅地下1F) http://bankart1929.com/bank2018/news/19_035.html 問い合わせ:BankART1929 shop@bankart1929.com TEL 045-663-2812 私は3種類の作品を出しております。 1 郵送美術 "I am thinking of you" 定型封筒で送れるサイズの作品を予約注文してもらう商品です。 申し込みハガキに、住所氏名のほかその人の私的な側面をほんの少し伝えてもらいそれを元に季節ごとに年3回その人のための作品を送ります。 5000円 10名限定 2 くじドロ缶バッチ 15種類のくじドロ缶バッチをこれまで作ってきましたが全種類出しています。 3 B5サイズ色鉛筆ドローイング 3点 新高島駅地下スペースが広い会場になっています。 どうぞよろしくお願いいたします。 #
by hisakoinui
| 2019-07-07 18:59
| 展覧会のお知らせ
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